月刊「大演説」

4月4日(日)。神戸三宮センター街入口にて。

土曜日, 4月 3rd, 2021

皆さま、こんにちは。
今、皆さまの前で、予算議会が終ったばかりの神戸市について、あれこれ語りましたメンバーといっしょの合同会派「つなぐ」の」団長を務めております、浦上忠文と申します。
政治の話が続いておりますが、あと3分ほどお許し下さいますようお願い申し上げます。

私は、あと20日で75歳になります。
市会議員に推して頂いて26年。選挙に7回当選させて頂きました。
49歳がスタートであります。

生まれたのは、終戦の翌年。昭和21年、1946年であります。
戦争が終って、明るい空気が漂っていたのですが、耳にする話題は
気の毒に思うものが多かったです。
戦争中の空襲の話。戦争に行ったきり帰ってこないご主人の話、父親の話、息子の話。
栄養失調で亡くなった子どもの話、伝染病で亡くなった話。結核の話。
貧しさのあまりの一家心中、一家心中の直前まで行っていたけど、子どもたちが笑顔で遊んでいる姿を見てとり止めた話。

小学校にあがるまでの幼年時代に、「気の毒になあ」というのが私のテーマ、口癖になっていました。

小学校、中学校と、貧しさにあえいでいる友だちをいっぱいいっぱい見てきました。接してきました。
「気の毒になあ」というテーマは、ますます分厚いものになりました。
高校3年の時に母親が亡くなりましたが、担任の先生から伺った母親の言葉は、わすれられません。
こんな言葉です。
「あの子は、勉強は他の兄弟より出来ませんけど、社会性はいちばんです。困っているお友だちへの同情心や親切心にあふれています。
母さんの励みは、それから60年近く、心の中に息づいています。
貧困社会脱却は、神戸市会でも私のテーマです。

先の阪神淡路大震災で、PTA会長を勤めさせて頂いていた神戸市立御影北小学校で4名の児童が亡くなりました。
校長先生は「ふだん、日の当たらない児童から亡くなって、せつない」と泣かれました。
5年生男児、3年生男児、女児、1年生女児。
4名の児童が生きていてその後の人生で笑う分のすべてを私は4名にプレゼントしようと思いました。

そこで神戸市会議員を目指し、力一杯、貧しいことでくよくよすることの無い児童を生み出すように頑張ろうと決意しています。

合同会派「つなぐ」の一人一人も心優しいメンバーです。
いっしょに手をとりあって、お互い様精神で、貧困脱却、あったかい神戸のまちを創ろうではありませんか。

ありがとうございました。


神戸市会議員 浦上忠文
E-mail: tadafumi@uragami.jp
http://www.uragami.jp/