私の履歴書・・・学校帰り。
10月に入って、父より「出来るだけ学校帰りに、少し
でも病院に寄るように。勉強なんかどうでも良いから」
と言うお言葉がありました。末っ子ですから、余命いく
ばくもない母と過ごす時間を多くしてあげようというこ
とだったのでしょう。
母は、明治43年生れの54歳。私は18歳でした。そ
の頃、学校のある高田馬場から、東に向かう地下鉄の工
事が盛んでした。とても間に合わないわなー、と思いな
がら新宿から中央線で飯田橋に向かいました。
オリンピックの開会式は10月10日でした。それぐら
いまでは、往年の覇気は無いものの、比較的元気でした。
むしろ、毎日、私が訪ねるのを遠慮しているところがあり
ました。ご飯は食べていますか。洗濯は、などなど。
10月10日の朝まで、ものすごい雨でした。8時ぐらい
にはやんで、真っ青な空になりました。東京の学校は、開
会式ということで、臨時休校となりました。国旗を出すよ
うにというお達しで、門に掲げて病院に行きました。

