私の履歴書・・・録音NO6

わが家が空襲に会った直後、広島では史上最大の悲惨な
空襲が行われました。妻の久子と次男は、とりあえず、
岡山へ行く前に久子の故郷、兵庫県神崎郡鶴居村へ行
くことになりました。

終戦の翌日の朝刊のデスクでした。と言っても2ページ
です。仲の良かった学芸部の井上靖君に「終戦の詔勅を
聞いて」という文章をお願いしました。井上さんも、い
ろいろ思うところがあってか原稿があがってきません。

やきもきしました。
休みを貰い、姫路から播但線で鶴居へ行き、久子と次男を
連れて、足守へ向かいました。国を挙げての戦に負けたと
いうのに鉄道は何事も無かったように動いていました。

足守では、診察室に入るなり、姉兄弟3人が、抱き合って。
「よー、来たなー。助かっててんなー」
10歳、8歳、4歳です。人生で、その時ほど感動したこと
はありません。戦争が終った実感に、泣きました。

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