私の履歴書・・・録音NO4

緒方洪庵先生のことは、昭和19年の暮れに発刊すること
が出来ました。「適塾の人びと」という本です。その頃、
もう日本が負けたことは解っていましたが、この本を読
んで、若者たちが立ち上がる元気が生れることを期待。

大学は仙台へ行きました。「理科乙類」から文科へ進むに
は東大や京大は無理でした。仙台は「森の都」ええとこで
した。下宿で、廊下に七輪の暮し。月末に仕送りをあまら
して「牛鍋」を食べるのが、ただひとつの楽しみでした。

就職は、まず東京で探しました。東京の下宿では「ガス」と
いうものがあることにびっくりしました。マッチ一本で、生
活が成り立つのです、岡山の妹たちに、ガスの絵を描いて羨
ませがりました。

出版社にあれこれ勤めたのですが、勢いが出ません。そこで、
新聞広告をみて「大阪毎日新聞」を受けることにしました。
当時の私としては夢のような会社でしたが、合格することが
出来ました。昭和8年のことです。

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