私の履歴書・・・蛍の光
まさか、57歳で「ガン」になるとは、夢にも思いませ
んでした。中学校の時に毎日、通学で2里以上歩いてい
ましたから、身体は丈夫だと信じ切っていました、戦後
の日本を生きてきて復興を見れたのは幸せでした。
ですが、父親の90歳は無理として、80歳ぐらいまで
は生きて、短歌の道と、洪庵と諭吉のさらなる研鑽、
「新聞の将来」について、研究を勧めたかったです。ま、
死ぬと決まったわけではありませんが、長い間、世話に
なった、この声とは、今日でさようならです。
最後に、蛍の光を歌います。ああ、新聞を買うときの声
を忘れ取った。「毎日新聞をおくれ、毎日、毎日、ああ
これが一番ええんじゃ」
それではお別れに、「蛍の光」を歌います。ありがとう
ございました、わが声。♪蛍の光 窓の雪 、あれ、蛍の
光 窓の雪 文 読む月日、あれえ。ああ、調子が出んと
思うたら、入れ歯をはずしとった(笑)

