私の履歴書・・・看護。
半月に一回ぐらいやってくる長兄や次兄からは「おまえ、
よー、勤まっとんなー」と笑われるぐらい、父のお世話が
好きでした。筆談用の紙と鉛筆を出すまでもなく、気管の
痰をを執って欲しいのか下の用事か顔色で解りました。
何のことはありません。看護婦さんに「上手や」と誉めら
れるのか嬉しくて努力しただけのことです。患者の身にな
ってみれば、欲求はほぼ解ります。ただ、夜、起されるの
は、まいりました。
父の病状は安定し、胸の肉を左右から盛り上げて食道の準
備まで進みました。
学校に行けば、もっぱら就職が話題です。のんきに構えて
いたわけではありませんが、兄たちはすんなり決めました。
長兄は「東洋レーヨン」一本。次兄も「ソニー」一本で、あ
っけなく就職した気配がありました。よくよく聞いてみると、
長兄は、体育会庭球部の日本レベル選手。次兄は、工学部修
士で、全くの勉強できる技術者という切り札があったのです。

