私の履歴書・・・晩ご飯。

母が亡くなってから、次兄は、父から5千円手当を貰っ
て、ご飯の用意と靴磨きをしていました。結構器用で、
魚の塩焼きなんかうまかったです。その兄も、結婚して
家を出て行き、残ったのは父と私のみ。

料理は、隣の家を購入した時の女中さんとなりました。
九州の天草出身で「ふじ」という名前で、父は「天草ふ
じ」じゃ、と呼んでいました。父は毎日新聞の編集局長
から企画調整局長を勤めておりました。

父は、宴会が多い仕事でしたので、週の半分は、私がひと
りの食事。半分は、父が帰るのを待っていました。父は、
私がキリンビールの大瓶を二本までと決めていました。
父は、菊正宗を2合です。

天草ふじさんも、焼き魚が上手でした。あと、野菜の煮物
が並びます。あと、食卓に並ぶのは、父の説教です。「文
は、記憶力と直感力だけで生きている男や。もっと考えよ」
が、説教の定番でした(笑)

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