私の履歴書・・・帰京。
長兄夫婦は、仕事がありますから、早々と東京に帰りま
した。父は、色々挨拶があるからと言って、岡山に残る
ようです。私は終戦後まもなく、母と旅したように、山
陽道をのんびり大阪に向かいます。
瀬戸、熊山、万富、和気。懐かしい駅えきを越えていき
ます。どの駅も同じような作りで、通過線が一本あって、
短い貨物側線があります。貨物側線の側には、日通の倉
庫か、農協の倉庫があります。
当時19歳でしたが、ずいぶん長く生きてきた気持ちがし
ました。小学校や中学校の友達の顔が浮かびます。思えば
貧しい少年時代でした。一駅停まるごとに、みんなに光が
当たると良いのになあと、考え込みました。
祖父が東京に勉強に行った時は、東海道本線が全通したか、
しないかの時代です。東海道新幹線が出来て、東海道線の
優等列車が山陽線を走り出していますが、今、乗っている
普通列車は旧式客車です。私の性分にはぴったりでした!

