私の履歴書・・・大丸への道。
資料をとってみると、採用は50名でした。父の筆談によ
る説明によると、私は新進気鋭の企業なんかではなくて、
落ち着いた会社が向いとる。タイミングが合えば、店長、
役員の道もある。出世しなくても画廊の担当なんかも!
文化催しなんかの関係で、大丸やら三越やら、デパートの
ことを詳しく知っていました。
それにしても、たいへんな競争率です。筆記試験に合格し
ても、面接が厳しいようです。
学校の周辺の情報によれば、野球部の友人とか、ラグビー
部キャプテンなどは大丸が有力らしいということでした。
ということは、遅いかも知れませんが、今までの人生を磨
き直して「捨てがたい人物」になるこっちゃ。
戦後すぐに生れてから、田舎の足守生活、大阪の進駐軍との
生活、西宮の関西文化暮し、伸びゆく東京との暮し。それら
を総合的にガチャンとすれば「期待される大丸人」像が描け
るのではないか、と夢はふくらむのでした。

